気まぐれの名無し男ー生物学への挑戦

Twitterもやってますが長文が載せられないのでブログもはじめました(n回目)。元来だらだらと書く性なのでブログくらい文を凝縮せずに書こうと思う。見る方は辛抱してください。興味ある学問は生物学なので、それに付随した話をしたいし、趣味はオルガン(を聴くこと)なのでその話もしたい、映画のことも話したい、が結局テキトーに書いていくことになろう。普段の更新率は低く、長期期間中にまとめて一気に書くことになる。

理論生物学とは何だろうか?

 もともと「生物とは何か」(言い換えれば生物の定義)に興味を持っていた私は色々な本を読もうとし一つ手にとったのは『生命とは何か(第2版 複雑系生命科学へ)』(金子邦彦† 著)であった。同じタイトル『生命とは何か』の本はかのシュレーディンガーが出していてそれを意識した本であった。いずれの著者も元々物理出身の人である。それゆえ正直な話あまり中身を理解できていない。最初の本(のタイトル)で気になるのは複雑系という言葉である。高1の時古本で偶然手に入れたのがワールドロップという人が書いた『複雑系〜』という本でありそれを読んだことがうえ、ライフゲーム(*)についてもなかなか面白いなと思っていたので、複雑系という言葉は気になる。

† 余談だが、先日金子教授による「普遍生物学」のランチョンセミナーが駒場でありそれに参加したが有意義だった。

* 詳細は下のリンク(このブログは非常に好き)

aidiary.hatenablog.com

 では、複雑系とは何か? その前に科学とは本来どういうもの(どういう方法論を取る)かを知る必要がある。(※)ここで(この記事で必要な)要点のみ抽出すると、「自然法則を解明し未来予測ができるようにする」「全体を構成する要素要素を一つ一つ解明することにより全体が解明できるようになる(還元主義)」である。

※ 私はこういう抽象的な(哲学的な?)ことについて考えるのは好きである(ただし一方で私は感覚的にしか考えなかったり、ただ単に勉強不足であったりするため、全体の調和が崩れる)

 しかし、本当にそうなのだろうか?感覚的にはそうでは無いように思われる。そのため複雑系の思想は面白いように思われる。複雑系とは、要素要素が解明されても全体がどう振る舞うかは明らかでは無い、というシステムである。(※※)似た話として、カオス理論というものがあり、要素の微小の変化により全体は大きく変わる(バタフライ・エフェクト)という話は有名である。‡

※※ 私のことなので不正確極まりない。直々この部分は編集しようと思う。

‡ ただしカオスと複雑系の違いは、私の間では煮詰まっていないので、別記事に(すなわち将来的に)もっと詳しい話は載せようと考えている(あくまで予定)。

 いずれにせよ(強引)私の興味は生命現象を数理的に考えることにあると思う**ので、それにうまく合致した生物学というのが、タイトルにある「理論生物学」では無いかという印象を受けた。

** それを将来的な研究テーマにするかどうかは完全に別問題

 理論生物学の話に漸く移ろう。私が読んでいるのは『生命科学の新しい潮流 理論生物学』(望月敦史 編)である。なぜこの本にしたかというと、ミクロの部分が多いのかなと思ったからである(逆に巌佐氏著の数理生物学などは生態系などのマクロの部分が多く苦手では無いが興味があまりあるわけでも無い)。はじめにの部分などから少し説明を拝借すると、「『理論生物学』という言葉を『実験以外の方法に基づく生物学』という広い意味、いわば曖昧な定義で用いた」「実験と理論が…互いに与え合うことで発展するような生物学が確立されるだろうと期待」と書いてある。本の数学的な内容は、取り敢えず「常微分方程式系」「確率過程」「メカニクス」「偏微分方程式系」の分類は表示してあり、それゆえ必要な数学的知識は書いてある。前半を適当に(数学も勘案しつつ)読んだが、私としてはいつか(2年になったら)この本を使って自主ゼミ(輪講)やらないかなと思っている。逆にそう考えているのでここでこの本の話題を出したのである。